まずはこちらをごらんください。伊達政宗の家臣支倉常長のスペイン到来に関する、1614 年の史料です。
史料原文は当時のスペイン語なので、ちょっとわかりにくいです。
『ACTAS DEL CABILDO HISPALENSE DE 27 DE OCTUBRE DE 1614』
『CARTA PRESENTADA POR EL EMBAJADOR HASEKURA TSUNENAGA Y EL PADRE LUIS SOTELO ANTE EL CABILDO DE SEVILLA. 27 DE OCTUBRE DE 1614』
さて、この中には当然ながら政宗と常長の名前も書いてあります。史料によって表記が若干異なりますが、たとえば
伊達政宗 → Ydate Masamune
支倉常長 (通称六右衛門) → Fascecura Rocu Yemon
のように書かれています。
ここからわかることは何かというと、
まず、「伊達」はこの当時は「ダテ」ではなく、漢字の通りに「イダテ」と読んでいたらしいということです。
その後何百年かの間にいつのまにか「イ」が落ちてしまったのですねぇ・・・。面白いですね。
「ハセクラ」もこの当時は「ファセクラ」だったようです。
この他わかることは、この当時はヨーロッパ言語であっても日本人名を「姓・名」の順で記載していたようだ、ということです。
今のような「名・姓」式の表記はいつぐらいにできたんでしょうねぇ。明治以降なのでしょうか。
昔の史料というのは言葉を探る上でもなかなか面白いものですね。