自宅出産物語 : その 1
「ナオのひとりごと」特別編です。息子「太郎殿」が自宅出産で生まれたということはすでに記しましたが、今回より 3 回、その子細を書きつづってみたいと思います。
この文章は、出産後に助産師さんに提出した出産レポートをもとにして書いています。
なお、紺色の文字は妻のセリフ、緑色の文字は私のセリフとして読んでください。(大部分は妻のセリフですが・・・)
今回は、「赤ちゃんができるまで」の頃から「妊娠中期」の頃までの話です。
<赤ちゃんができるまで>
子どもは結婚後 5 年後ぐらいに産めればと思っていました。当初、新居は私の会社まで 1 時間以上かかるところにありましたが、自宅から歩いていける範囲に保育園がないことに気がつきました。そんなわけで、私の会社まで徒歩 15 分の現在のマンションにお引っ越し。その後会社の方が移転したのは想定外でしたけど、それでも 40 分ほどで通えるのでまあ良しとしましょう。
当初の予定よりは遅れたけれど、2004 年になって「そろそろ赤ちゃんがほしいなぁ」と思うように。保育園に預けるタイミングを考えると、4 月生まれかそれに近い頃がいいなぁと考えていました。できるだけ大きくなってからの方が赤ちゃんにもいいかなと。まぁでも世の中そんなにうまいことはいかないもので (笑)、夏生まれの赤ちゃんが授かりました。
妊娠検査薬が陽性になったときは「おおおっ! ついにきた!」と嬉しくて嬉しくて。夫に見せたところ「ほう」の一言だけでなんか反応が薄かったけどまあいいかと。まだ確定じゃないし。あとで聞いたら、やっぱりイマイチ実感が湧いてなかったらしい・・・。影も形もなかったもので。
アハハ (^^;)、確かに実感はわいていませんでした。実物が確認できたわけではないし、検査薬の誤反応の可能性もないでもないし。
早速、家から近くて産婦人科が充実していそうな某病院へ。ところが、エコーに赤ちゃんが映らない。あれれ? まだ 5 週 (!) で早すぎたみたい。子宮外妊娠の可能性もありますよ〜と軽く脅されて帰ってきました。翌週、ようやく胎嚢に入った赤ちゃんの映像とご対面。きゃ〜っ。やったねやったね。
「胎嚢に入った赤ちゃんの映像」は印刷したものを後で私も見たのですけれど、・・・あの豆ツブが!? これがちゃんと人の形になってくれるのかと、このときはまだまだ不安が先行していました。ついでに言えば、父親の実感もまだまだこのときはありませんでした。
<妊娠初期>
会社でも上司に報告。「おぉそれはおめでとうございます。そしてお体を大切に」とのコメントをいただきました。他にもママ社員は何人かいるので、現場では子育て中の社員にわりと理解があります。時差出社を申し出たときは人事部から難色を示されましたけど、上司が私のかわりに戦ってくれたのでゆったり通勤を勝ち取れました。ヤッタネ (^-^) v
それでもつわりが始まるとやっぱり大変。私の場合は食べづわりと車酔いのような症状が。電車の中などで周りの人にアピールするため、バッグに「Baby in Me」バッジをつけていました。それで優先席の前に立っていると、学生さんや子育て経験がありそうな女性はバッジに気がついて譲ってくれました。サラリーマンは全然だめですね。マンガ読んでるか、優先席なのに携帯いじってるか、寝たふりしてるか (-_-メ)。これはお腹が大きくなってからも同じでしたね。それにしてもあの妊婦バッジ、英語じゃなくてもっと分かりやすいデザインのがあればいいのに。「赤ちゃんが入ってます」とか (笑)。たまひよストラップは読者じゃないと気づかないだろうし。
体形上の変化がこのころはほとんどないから気がつかないのだね、きっと。こちらもまだ「妊婦と生活している」という意識はこのころはあまりありませんでした。ベイビーの存在を感じさせるのはエコー写真のみ。食べづわりも、もともと食いしん坊な妻だから全然違和感ないし (笑)。
食べづわりのマイブームはいろいろ巡ってきました。まず定番のすっぱいもの。グレープフルーツジュースを切らさずにちびちび飲んでました。次に漬物。適当に作ったマリネをぼりぼり。それから辛いもの。麻婆豆腐、坦々麺、キムチ、カレー。あとはお肉! つわりなのにお昼にサーロインステーキ食べてました。おいしかったです。また、妊娠前はほとんど会社でおやつを食べなかったのに、夕方になると小腹が空いて、帰り際に自席でお茶漬けつくってサラサラ食べたり。夫よりたくさん食べるようになりました。
年末の仕事納めの日、少量の出血がありました。突然だったのでとても驚き (@o@;)、大掃除なんかやってる場合ではなく病院へ。すでに病院は年末年始体制になっていたので、通常の外来ではなく救急外来つまり分娩室へ直行となりました。エコーに映ったベイビーはとても元気そうで、まずは一安心。この時期の出血はよくあることらしい・・・。その後も、仕事中に出血したり気分が悪くなったりした時は、まず休憩室で1時間寝ることにしてました。
このころはまだ、どこで出産するか、里帰りするかしないかも決めてませんでした。そんなとき、新聞で読んだ自宅出産に関する記事を読んで、病院で分娩台に乗るだけが出産じゃないよねと思うように。そういえば、NHK の朝ドラ「ちゅらさん」でも、主人公のえりぃが実家で出産してました。これも頭にあったかも。
昔から、どこで覚えたのか「会陰切開」とか「陣痛促進剤」という言葉や、予定帝王切開だと前もって出産日が決まっていたりすることは知っていました。なんとなく、あんまり切ったり薬使ったりは嫌だな、誕生日はやっぱりベイビー自身に決めてほしいなとは思っていました。あと、病院の分娩室にあったベッドじゃ狭いなぁと(それは診察用で、実際出産するときにはもっと大きいベッドを使うと知ったのは後のこと)。それで、近所の助産院などをちょこちょこインターネットで調べるようになりました。ただ、このころは毎日会社へ行って帰ってくるだけでほとんどのエネルギーを消費してしまっていたので、その他には特に何もしていませんでした。
<妊娠中期>
安定期に入ったところで双方の実家に妊娠を報告。初孫ですよ初ひまごですよ。さっそく安産祈願のお守りが送られてきました。自分たちも1月に初詣を兼ねて水天宮へ行っていたので、これでもうばっちりでしょう。
まるまる 4 か月くらいの頃。おなかの中で今までに経験したことのない何やら蠢くような感覚が。しばらく考え込んだ後、どうやらこれは胎動らしい!という結論に。ベイビーは着々と育っているのね (うるうる)。その後も日を追うごとに動きははっきりとしていきました。それでも外から触る分には全くわからない程度だったので、夫が手を当てて「おおおっ」と言うのはずいぶん後になります。
傑作だったのは戌の日。さらしの代わりに用意した妊婦用ガードルを着けてみたら、うーんなんかきつい。でもこんなもんか?と思いつつ腰掛けると、座った拍子にさらにきつくなったお腹の中で、ベイビーがものすごい勢いで暴れだしました。「せまいんじゃ、コラー!」とでも言わんばかりの蹴りように、さっさとガードルを外しました。ごめんよぉ。・・・結局、出産までガードルの類はまったく着けずに過ごしました。
マタニティウェア選びが意外と大変でした。マタニティなんだからみんな大きいサイズなのかと思いきや、もともと大柄な私はマタニティの中でも大きなサイズでないと着られなかったのです。しかも流行の美脚パンツは妊娠してからももが太くなった私には不向き。もともと寒がりなので、ヒップハングや定番のジャンパースカートは論外です。敏感肌で化繊もNGなため、肌着選びから苦労しました。あちこちのマタニティショップへ行って服を探しましたが、なかなか体に合うサイズがありません。通販でLサイズ以上をいろいろ買ってみて、入らなかったら即返品、を繰り返していました。
もうひとつ意外だったのが、こむらがえり。なんで妊娠したら足がつるのー!!! 夜中に何度も痛みで目が覚めました。しまいには、直前に気がついて、「ふんっ!」と気合で足を伸ばせるようになりました。人間どんなことにも適応するものです。
さて出産はどこでしようかな。実家なら母たちがいろいろ手伝ってくれそうだけど、大きなおなかを抱えていったりベイビーを連れて戻ってきたりはとてもじゃないけど大変そう。夫がベイビーの成長を見られないのも何だかねぇ。でも東京で夫と 2 人だけで大丈夫かなぁ? 里帰りする、しない、の間を何度も行き来した結果、やっぱり夫にそばにいてほしいということで東京で産むことにしました。自宅出産について夫と相談。自宅出産って、そもそも出産ってどんな感じか2人ともあまりはっきりしたイメージはなかったけれど、OKしてくれました。
妻はあまり長く私と離れて暮らすことができない人間なのはわかっているので (笑)、里帰りはつらいだろうな、と。そんなわけで、一番落ち着ける環境での出産が望ましいと考え、自宅出産に同意しました。後日私の両親には強く反対されましたが、結局強引に押し切ってしまいました (出生後にあらためて怒られました。ごめんねー、かわいい孫に免じて許してちょーだい ^人^)。
このころ病院で、検診を待つ間に助産師相談というものがありました。「出産はこちらの病院ですか?」と尋ねられ、「あー、自宅出産しようかなと思ってるんですが」と返事。でも助産師さんをまだ決めていないというと、それは急いで探さなきゃだめですよ〜と言われました。そこで、インターネットで見つけた某助産院に連絡してみました。ここは家から近く、ホームページも充実していて良さそうな印象を受けたので。しかし、この助産院は今年から出張分娩を取り扱っていないとのことで、代わりの助産師さんを紹介していただくことになりました。
そんなこんなで、助産師さんとご対面。お産について思っていることや気になることをあれやこれやとお話ししました。母乳が出なかったらミルクかなぁと思っていたところ、「みんなちゃんと出るから大丈夫」という言葉に「えっそうなの?」と驚いた記憶があります。まぁ考えてみればミルクが登場するまではみんな母乳だったわけで・・・。相性が大事だから他の助産師さんとも面談して決めていいですよと言われたものの、心の中では、なんとなく気が合いそうだしこの人にお願いしようとあっけなく決まっていました。でもこのころは毎日ぼーっとしていたので、実際に電話したのはしばらく経ってからなんですけどね。
そして初めての自宅での妊婦検診。病院と違って待ち時間がないからラクです。夫も毎回一緒にいてくれました。ドップラー (胎児の心拍を測定するための道具) でベイビーの心音を聞いたときは「おおおおおっ」と思いました。すごいすごい。それにしても赤ちゃんの心拍って早いのね。アロママッサージなど、病院にはないメニューがあって気持ちよく、面白かったです。検診の後のおしゃべりも楽しかったですね。助産師さんのお話からは日ごろの研鑽が感じられて、夫と2人頼もしく思ったものです。
実は当初、助産師さんってどういう人なんだろう、と少し身構えていいました。気楽に家の中に入れられる人だろうか、と。その心配はあっさり吹き飛びましたね。私も「この人なら」、と思ったものです。まあいずれにしても、出産するのは妻ですから、妻の意向が最優先です。
そんなある日、トイレに入っていて、Tシャツの両胸のあたりにシミを発見。おっぱいがにじみ出てきたのでした。思わず「ひょえーっ」と大声をあげたら、夫が「どうした!?」慌てて飛んできたのを覚えています。妊娠中でも出てくるものなんですね。これなら産後も期待がもてそう。
確かに慌てて飛んでいきました・・・あの大声だもの。あれこれ心配でしょうがないのはパパも同じなんだから、勘弁しておくれよぉ〜〜 (-_-;)
(「その 2」に続く)