そうなんです、今、歴史がおもしろいんです。
・・・といっても、昨今話題の「歴史問題」がきっかけだという点が実に悲しいところなのですが、とにかくこれでひとつわかったことがあります。
それは「実際に自分で各種の資料に目を通さないとわからないことはかなりある」ってことです。
今回のような国家間「紛争」では、国家やマスコミ、それに個人がさまざまな資料を提示した上で主張を述べており、その内容は書籍やインターネットでも広く伝えられています。
その中で各筆者が述べる「主張」の部分は多少割り引いて考えないといけない場合がありますが、注目したいのは「主張」ではなく、それを導き出すために引用されている「資料」。それを自分で読んだ上で(といっても、外国のものは日本語訳に頼らざるをえませんが)、自分の主張を導き出してみてください。
少なくとも、一方の「主張」の部分のみをそのまま鵜呑みにすることは、歴史を考える上で、絶対にしてはならぬことだと思います。
さて、教科書検定であらためて話題になった「新しい教科書をつくる会」。
その歴史教科書とはどんなものでしょうか?
その一部が「つくる会」の公式サイトで公開されています。
今回一番の問題となった日韓・日中関連のところは、すでにさまざまな議論が各所でとびかっていますので、ここではとりあげません。
ここでとりあげるのは、「2.古代国家の形成」の中にある2つのコラム、「神武天皇の東征伝承」と「日本武尊と弟橘媛」です。
まずは、この2つのコラムを読んでみてください。
・・・さて。
この本は「歴史の教科書」であるはずなのですが、この2つのコラムは「神話」を伝えるばかりで「歴史」とのかかわりをどこにも見出すことができません。
たとえばヤマトタケルの話については「初期の大和朝廷が行ったさまざまな勢力拡大活動を一人の英雄の物語として集約したものと見られる」などと書くこともできるでしょうに、そういう文言は一切ありません。
歴史の教科書なのだから、神話や伝承を載せる場合にはあくまで「史実との関わり」についての考察を中心として記述しなければならないはずですが、そのようになっていないのは歴史の教科書としてはあまりいい形であるとは思われません。
ちなみに、「日本武尊と弟橘媛」の最後には
『全国には,神話に由来する地名が多く残っている。自分たちの住んでいる地域にある地名の由来を調べてみよう』
と書いてあるのですが、よく読んでみると、このコラムのどこにも、ヤマトタケル神話に「由来する」地名の話はないんです。「その時代から現在に至るまで存在している地名」はいろいろ登場していますが(伊吹山など)、「この神話によってその起源が説明されている地名」(静岡県の焼津など)はこのコラム中にはまったく見当たりません。
意図がさっぱり不明なコラムになっています。
一方で、「日本語の起源と神話の発生」というコラムを見ると、農業の起源にまつわる神話から南西太平洋地域との関わりが察せられる、という内容が記述されています。
上で述べた「史実との関わり」というのは、まさにこういう記述のことです。神武天皇やヤマトタケルに関しても、こういう形で記述することはできなかったのでしょうか。
というわけで、あまりこの教科書は好きではないのですけれど、ひとつだけ気に入っている箇所があります。
それは、序章の中にある「歴史を学ぶとは」という項目の最後にある次の一節です。
『歴史を自由な、とらわれのない目で眺め、数多くの見方を重ねて、じっくり事実を確かめるようにしよう』
少なくともこの一点については、まったく異論はありません。さまざまな歴史を考える上で、大事にしたい考え方です。
これは新約聖書の一節です。日本聖書協会の「新約聖書 新共同訳」によれば、イエスは弟子たちに次のように説いています。
『蛇やさそり(ナオ注:悪魔のこと)を踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、わたしはあなたがたに授けた。
だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない。
しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。
むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。』
一般的に神学上この一節がどのように解釈されているのかは、私は知りません。
ただ、私は個人的に、「他人を蹴落とすことよりも、己の中身を高めることの方が大事なことだ」という意味であると解釈しています。
これは個人レベルだけでなく、組織レベル、あるいは国家レベルでも、言えることであると思うのですが・・・どうでしょう。
ちなみに、私はクリスチャンではありません。念のため・・・
カタい話が3つも続いてしまい、読み手のみなさんは結構エネルギーを消耗したことでしょう。
多分それ以上に書き手の方がまいってます。やっぱりガラでもないことはするもんじゃありません(笑)。
というわけで、少しやわらかめの話をひとつ。
結構前に出ているもののようですが(どうやら2003年9月の文章らしい)、@nifty の「デイリーポータルZ」で子供の名前に関するこんな記事を見つけました。
まずは、ご一読を。
まあ、かわった名前は近年のハヤリらしい、とは聞いていましたが・・・こんなことになっているとは!
こんなの読めるかーー! そしてふざけすぎにもほどがあるぞぉーーー!!
個性的な名前の存在に異を唱えるつもりはまったくありませんが・・・これから親になるみなさんは、もう少し名前として自然で、ちゃんと読める名前をつけてあげるようにしてくださいね。