2004年8月16日

靖国神社


靖国神社というところに、私は行ったことがありません。別に信条によるものではなく、単に面倒くさいだけです(笑)。

さて。総理大臣による靖国神社参拝の是非は、もうずいぶん前から問題になっていますが、解決がついていません。
中国などの反発の理由として「A級戦犯が合祀されている神社に参拝することは、戦争を正当化することにつながるから」というのがあります。

ほんとうにそうなのでしょうか?
それはつまり、「戦犯を高貴なる存在として崇拝している」ととらえられているということなのでしょうか?

京都に上御霊神社(かみごりょうじんじゃ)という神社があります。桓武天皇の弟、早良(さわら)親王を祀るために建てられた神社です。
なぜこのような神社が建てられているか? 早良親王を高貴なる存在として崇拝するため?
違います。政変に巻き込まれて非業の死をとげることになった早良親王が、死後たたりを起こさぬようにするためです。
さらにこの神社には他にも、政争の犠牲者が何人か祀られています。
考えてみれば、菅原道真が天神として祀られるようになったのも、「怨霊となった道真の魂を鎮めるため」です。

そう、神社に人を祀るというのは、その人を高貴なる存在として崇拝する場合(明治神宮とか)だけではなく、単純に「死者の鎮魂のため」という場合もあるのです。
罪人であろうとなかろうと関係ありません。死んだ人の魂は(この世に何らかの悪影響を及ぼさぬよう)鎮めるものなのです。
その意味で、A級戦犯が靖国に祀られていることは彼らの行為を正当化するという意味では決してないと私は考えます。
このように、例えば「關帝廟」に祀られている関羽のような神とはそもそも意味合いが違うのだということを、日本はちゃんと諸外国に説明しているでしょうか。歴代の総理大臣もその辺りはできていないんではないでしょうか。

もっとも、これはあくまで「神社というものの意味」の話で、「総理大臣による靖国参拝の是非」とは別の話。
政教分離の観点から考えれば、国としての靖国神社参拝はあまり歓迎できないようにも思います。
そもそも、神社(とその祭神)に対する祭祀は神社本体とその氏子により行われるべきで、国家など行政機関が携わるべきものではないでしょう。
ですから終戦記念日などでの神社祭祀は国が行うのではなく、戦没者遺族をはじめとする民間人の手により行うのが本来の姿ではないかと思います。

最初に述べたとおり、靖国は戦争に関わって亡くなった方々の「霊を鎮める」のが目的の場所です。国家としての関与があろうとなかろうと、その意義の重要性が変わることはありません。
また、靖国神社がある限り、戦争の歴史が忘れ去られることもないでしょう。
靖国神社そのものは、今後も日本人の貴重な歴史遺産として残してほしいと思います。

※文字が紺色の部分は、2005年3月19日に書き替えた部分です。


敗者のその後


今年のNHK大河ドラマは「新選組!」です。
この中に、斎藤一(さいとう・はじめ)という登場人物がいます。新選組三番隊の長として知られる人物です。
この斎藤さん、戊辰戦争により新選組が消滅した後どうなったかというと・・・

なんと! 幕府方の組織(新選組)の人であった斎藤さん、名前を藤田五郎と変えて警視庁(つまり新政府の組織)で勤めてるんです。
退職時は警部まで昇進していたそうです。

戊辰戦争と言えば、函館の五稜郭で榎本武揚(えのもと・たけあき)が最後まで抗戦していたことは有名です。
この榎本さんのその後はというと、いったん刑務所入りするんですが、その後なぜか新政府で大抜擢、大臣職を歴任します。

さらに。戊辰戦争後の徳川家の扱いは!
なんと徳川慶喜の後を継いだ(つまり徳川本家16代当主の)徳川家達(いえさと)は貴族院議長を30年務めます。しかもその後は日本赤十字社の社長です。

意外と、敵軍の将たちに対する明治政府の扱いは寛大だったのですね! 驚きです。
このくらいの度量を、イラクの各勢力の指導者たちも持ってくれたら・・・


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